読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私の空洞、あと「XO」は名盤だよということ

アクセス数100PVになってて笑いました。いつもは4とかなのに…どこかに晒されたのでしょうか。

 
私は「どこに行きたい」とか「何が食べたい」とか、相手から「あなたは何がしたいか」と聞かれそれに答えることが恐ろしくてたまらない。私に自分の意思を表明する権利などないとしか考えられない。そして私の意思を言った結果場の雰囲気が悪くなるとか相手が怒るとかそんなことがあったらその場で死にたくなる。と言って今まで死ななかったんだから今までそういう目に遭っても実は大丈夫だったんじゃないかと思う。全部私の思い込みで、私がパスタ屋でピザ食べたいと言ったところで相手は…いやさすがにパスタ屋行ったら私でもパスタ食べるわ。そしてピザはどうしても食べたい場合「ねえピザ食べれそう?ちょっとおいしそうじゃないこれ」と様子を伺ったのち「おいしそうだよねー」的な雰囲気になってきたら「ピザさ1枚頼んでみんなで分けっこして食べよっか?」とか言ってみんなで1枚頼むわ。そのくらいのことはする私でも。
 
今日は人と会って一緒に行きたいところがあったがそれが言えなかった。ほんとに行きたかった。「頑張れ、頑張って言うんだ」って思って、口は開けたけどでも結局言えなかった。すごく自分に傷付けられた。うち帰ってきてからもう台無しだ私の人生は終わったもう私は死ぬんだと思って泣いてたら何故か「愛のむきだし」のことを思い出して主題歌のゆらゆら帝国の「空洞です」が聴きたくなった。「まさかないよな」と思いながらAppleMusicで検索したらあって、AppleMusicすげーなんでもあるぅと思いそのことにも感動しどばどば泣きながら聴いたら、このときまで忘れていたがこの曲は歌詞が出だしからすごくて(掲載できないので気になる方はググってください)そのおかげでまた触発され「もう私は空洞だよ空洞しかねえよ最悪だだから人生終わるんだ明日から仕事もあるけどもう死んで全部リセットしようそしたら無視マンともおさらばできるし」と、歌詞に感動したのに歌詞の趣旨とは違うことで泣きが一層ひどくなって、あとから考えるとこういうのって発作の一種なんじゃないかと思う。いつの間にか自分の人生終了が決定事項になっている。
 
医者にそういうときは紙に書けと言われたが、こんな発作状態でそんなことできない。し、このときはそんな助言のことなど忘れていた。人生終わるんだ自分は空洞だとしか考えられなかった。
 
そして聴きながら目をつぶって寝てるんだか起きてるんだかわかんない時間を過ごしてそんなんだからだんだんぐったりしてきて、ちょっと空洞のことを考えるのはきついわと思いエリオット・スミスを聴いた。しんどいときエリオット・スミスはとてもしみるし、落ち着きを戻させてくれる。AppleMusicの「エリオット・スミス:隠れた名曲」というプレイリストだ。別に隠れてはないと思うがまあ選曲自体はすごく好きだ。
 
エリオット・スミスを聴いてたら今度はちゃんと寝れて、起きたら空洞ですのときの比じゃなく体が金縛り後みたいになっていた。自分疲れるって思った。 死ぬのにAppleMusicに感動したり「愛のむきだし」観たいなとかゆらゆら帝国のライブ行ってみたかったとかも思っていたし、結局死なないんだから。
 
エリオット・スミスは2003年、自宅で心臓にナイフが刺さった状態で死亡しているのが発見された。こんな素晴らしい音楽もっと聴きたかった、と今エリオット・スミス聴きながら思っている。つまり今はすっかり生きる前提になっている。まあ仕事はばっくれてそのまま辞めたいとは思うが、別に辞めないでずるずるいくんだろう。うんざりだ、と思うような自分にうんざりだ。