わたくし

ASDとADHDを持っています。1日のことをひたすら書いてますが、基本雑記ブログです。

性的被害の話、そして話がめっちゃ飛ぶ話(3935字)

性的被害の話をするので、被害者の方や、少しでも嫌だなと思った方は読まないでください。矢印の下に記事があります。














以下記事







Twitterとかpixivとかで展開されているエロ二次創作のジャンルは数多あるが私はレイプものが一番無理である。本当に無理。何でレイプに萌えるのか。不憫で萌えてしまうという意見を読んだが、全く理解できなかった。しかし他人の萌えは否定してはいけないとされている(レイプとかまで肯定しなきゃいけないのかはわからないが)。じゃあ否定するのではなく、何故自分はこんなにもレイプものが嫌なのか考えたところ、ふと


自分は幼稚園か小学1年生のとき知らんおっさん、てか当時私は団地住まいだったので団地内で遊んでいたら、外からチャリで団地の敷地内に入ってきた部外者の男と目が合い「なんかやばい気がする」と咄嗟に思ったので、自分の家へ続く踊り場に逃げたらその男が踊り場に来て、

「おじさん○○○からミルクが出る体で、出さないと困るから、パンツ脱いでくれたらミルク出るから助かるんだけど」

と言ってきて、「え、何それ?大変だな」って思って「パンツ脱いで助けられるならじゃあ脱ぐ」と思ってパンツ脱いで、そしたらほんとにミルクが出た。おじさんは「助かったよありがとう」と言ってミルクの片付けしないで去って行った。私は「よかったです」とか言ったのかな。そしてパンツ履いて、そのあとまた遊んだのか家に帰ったのかは忘れた。

数日後、お母さんには一応言ったのは覚えている。

お母さんは「そんなことまたあったら言ってね」と言った。そのとき、テレビではドラゴンボールのオープニングテーマが流れてたからあれは水曜7時だった(当時ドラゴンボールがやってたのは多分水曜7時だったと思うけど、違ったかな)。

つか今思うけど、「そんなことまたあったら言ってね」ってなんだ。またおじさんのミルク出してあげたら言ってねってことかよ。警察とかに通報したのかお前はちゃんと。お母さんに聞こうかなと思うときもあるけど、そんなことあったの忘れているかもしれないし、覚えていてもどこにも通報してないかもしれない。いずれにしても絶望する可能性がかなり高いから聞かない方がいい。

そのミルク事件のあと、ミルクの跡が一生踊り場に残ってた。そこを毎日登り降りしなければならなかった。

…とそんな経験を思い出したのだが、そんなことがあったからレイプものが無理なのか?

と一瞬思ったのだが、それから20年以上も後のことだが普通にセックスしまくってたのだしよくわかんない、という結論に達した。まあ一時期しまくってたどころじゃなかったときもほんの一時期あったけど結局おさまったし、

というかこの話はたまにしか思い出さないし、思い出しても「あれ気持ち悪かったな〜」しか思わないので、たいして影響ないのかもしれない。

というか、日頃からxvideosをハイパーパトロールしている身のくせに何を言っているのか、とも思う。あの経験を拗らせた結果がハイパーパトロールな可能性も無きにしも非ずだが、なんか多分違う気がするから考えるのやめる。そして、性的被害をこんなことに結びつけて考えてみるなんて、全世界の性的被害者に失礼すぎるから謝罪しろ。大変申し訳ございませんでした(茶化しではなく本当の謝罪)。

話がめっちゃ飛ぶが、そのミルク事件から25年後くらい、メンクリでカウンセリング受けることになった(ミルクとは全く関係ないことで)のだが、担当の臨床心理士から「悩み相談とかしません。楽しい話だけします」みたいなことを言われた。

んなこと言われても当時私は障害者雇用先での仕事のことでメンタル崩壊しており楽しいことなんて一個もないから、私は臨床心理士を喜ばせるネタを作らなければならず、昔住んでいたあの団地と、団地の近くにあった通ってた幼稚園に行ってみた。

団地の中に部外者が入ったら今の時代はいけないのかな、と思って入らなかった。もし入れたら、ミルクの跡がまだあるか確かめた。そして臨床心理士に「ミルクの跡がまだありましたよ~hahaha」とか言えばよかった。

臨床心理士にはミルクの話はしたことなかった。だから単に団地を眺めてきたと言ったら「すごいじゃないですかー」みたいなこと言って喜んでたわ。

その団地にはミルクの他にもいろいろな思い出がある。あるとき自分が団地の子たちの輪に入れず、というか、自分でも入りたいのか何なのかよくわかんない状態でただ団地の端っこに隠れて団地の子たちをじっと見ていたとき(今ならわかるが自閉症のせい)、何か視線を感じると思ってなんとなしに上を見たら、自宅のベランダからお母さんが私を睨んでいた。

お母さんは無言で私にこっち来いというジェスチャーをした。

家に帰ったら、台所に正座させられた。そして「さっきの何?」って言われた。

自分でも何なのかわかってなかった。でもとにかく、なんか優等生っぽいことを言えばお母さんは喜ぶと思った。

だから「でも皆楽しそうだったからよかったよ」と言った。

そしたらビンタされた。

話がめっちゃ飛ぶが、それから30年後くらいに医者にその話をしたら「何でお母さんにそんなことでビンタされなきゃいけないんですか」って、先生の通常の声より大きめの声で言われた。

怒ってくれたのかな。

医者には「その後お母さんはどんなこと言いましたか?」と聞かれたけど、一切覚えていない。ただビンタされたところで記憶が途切れている。

全部私の妄想だったらいいのに。でもベランダから睨まれたこと、無言で呼ばれたこと、ビンタされたこと、これらは全て事実である。

話が逸れまくる。

ミルク事件から25年後のときのカウンセリングで、団地を眺めたあと幼稚園に行って遠くから中を眺めたことも言ったら、臨床心理士はそれも喜んでた。

幼稚園のときの私は積極奇異型自閉症児だったから年長のときクラスで遊ばず勝手に年少クラスに一人で行ってたから年少と仲が良かった。そして幼稚園が終わってから園庭である年少と遊んでたんだけど、年少から足を蹴られたとき、年少の子が笑ってたから「これは楽しいことなんだ」と思った。

だから「もっと蹴っていいよ」って言ったら、確か5~6人くらいの年少が集まってきてボコボコにされ、でも皆ギャハギャハ笑ってたし、私もそれ見て皆楽しんでくれてるから自分も楽しくて、自分もギャハギャハ笑ってた。その結果両足全体が青あざだらけになった。

その他にも、クラスで一人だけ帰りの会の呼びかけに気付かず一人でずっと砂場で遊んで、気付いたら誰もいなかったからクラスに帰ったら皆もう帰りの支度をしていて先生から無言で睨まれたりとか、幼稚園にはそんな思い出しかない。

なのに、臨床心理士はミルク&ビンタの団地に行ったことや、ボコボコにされた幼稚園に行ったことを「楽しいこと」だと言い、「もっと楽しいことをしていきましょうね♪」とか言った。

おめでたい奴だ。こんなんでいいなら私には「楽しいこと」が死ぬほどあるわ。全部話そうか。

話がまためっちゃ飛ぶが、最初の話がまだ終わってないので戻すと、私は他人のセクシャリティについて勝手に妄想して楽しんで消費するということ自体に違和感を覚え始めてきている(あるキャラクターが性的マジョリティ/マイノリティどちらであったとしても、そのキャラクターのセクシャリティを勝手に想定すること自体が違うと思い始めている)。

きっかけはレイプものに萌える人々を見たときだった(ようやくここで、最初の話に繋がる。構成がほんと下手ですね)。私は「え、レイプさせるとかなんですかそれ…」みたいに、あたかも自分が正義であるみたいな面をしていたが、結局私が誰が攻めで誰が受けだとかやっていることはレイプで萌えている人と同じである(別にレイプで萌えようがそれ自体個人がどうこう言えることではないのかもしれない?しかし、また思うけどレイプで萌えることを肯定しなければならないのか?)と思ったからだ。

そしてさらにはなんか二次創作で主人公*1に対しヘテロなモブキャラ*2LGBT差別的なことを言わしたりして、そのことによりLGBTの差別について糾弾するみたいな自称意識高い系作家さんの自分語り*3及び読者の「感動しました( ; ; )差別がなくなるといいと思います( ; ; )私のLGBTの友人も苦しんでいます( ; ; )」みたいなコメントに正直うへえとなり、

「差別ってなんですかね?」となって、「日頃私は健常者から差別されてる迫害されてるとか言ってるくせに、自分だって性的マイノリティのことを差別してるから私はそういう消費をするんじゃないか」ってなったので、

「私はもうBLを読むことをやめた方がいい!」となったのだが、やめれない。つかもっと言えばxvideosで他人のセックスひたすら見てるのも性を消費しているよだから!と思えてきたからxvideosもやめた方がいいと思う。

でもじゃあやめる、ってならない、まずやめてみる、ってならない自分のことがひたすら気持ち悪い。ひたすら気持ち悪いと思うのも自慰行為なのだろうかと思うとげんなりするし、やっぱりあの男の○○○とミルクは未だに気持ち悪い。

*1:原作で言及されていなくても二次では勝手に性的マイノリティということにされる

*2:脇役キャラ

*3:もっとLGBTを”認める”社会にしたいですみたいな